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  2. 第15 回冨嶽両界峯入修行体験記

田村茂樹

富士山には以前から修行として登ってみたいと思っていた。また、いつか村山古道から登ってみたいとも思っていた。たまたまインターネットを見ていたら、それにうってつけの修行の場を見つけた。それが今回参加した冨嶽両界峯入修行であった。前々年に1泊2日で吉田口の北口本宮冨士浅間神社から自らの修行として往復したことはあった。おそらくそれよりもさらに追い込まれることは想像できたが、今の自分の限界を知りたい、広げたい興味が勝った。

修行を控えて富士宮へ移動する道中は、好奇心と興味が綯い交ぜになったものだった。そして迎えた初日の朝。様々な修行の場をこれまでに経験はしてきたが、少数精鋭の修行の場ゆえ、自分の身の置き場を探りながら、田子の浦で禊ぎをする時間は緊張に満ちたものだった。

禊ぎを済ませて富士塚へ移動し、勤行を行う。大先達の法話は、その場に集まった方々へと同時に、これから登拝する我々に向けてのもので、とても心に残るものであった。そして、自分のこれまでの人生を思い返させてくれると同時に、これから先に待っている修行の道程、延いてはこれから先の自分の人生も励ましてくれる言葉だった。

さて、ここからがいよいよ本格的な修行である。吉原商店街での加持祈祷と天神社での勤行。自分も一心に拝みながら、それは往時の信仰の姿を見るようでとても興味深いものだった。ここまでは体力的にはそこまで辛くなかったが、そこから村山までの舗装の道は堪えた。色々な経緯があり、日常の事務仕事の疲れに加えて、灼熱の中を踏破した四阿山縦走、白山登拝の疲れを引きずった中での修行入りだったため、序盤ながら足にくるものだった。

翌朝はいつもよりも入念に足をほぐしてから出発。私は普段から山に慣れ親しんでいるので、山道に入ると心身に精気が流れ込んでくるのが分かる。ここまで来れば大丈夫だ。あとは皆と共に歩みを進めて行くのみ。無事に六合目に達することができた。

3日目はいよいよ登頂。それまでよりも遙かな高みから太平洋が見え、あそこから歩いてきたんだなぁと感慨を新たにする。前回は、お八に至って大内院を目にした時、外側から眺めた時の優しい山並みと全く違った趣であることに驚いた。自分の心の深淵を見た気がして、目が離せなかった。今回は怖さまでは感じなかったが、自分が死ぬまで向き合い続けなければならない自分の中の何かをやはり感じた。あれは一体何なのだろう。

そして下山。長い九十九折りに、淡々と足を出していく。無事に6合目着。しかしながら、3日目の夕餉は食欲がいまいち。ああ疲れているんだなあとようやく気づいたものの、疲れすぎていたせいか、なかなか寝付けなかった。

そして、寝不足が極限まで溜まった最終日の朝に準備をしていたら、腰の筋を違えてぎっくり腰のような症状を発症させてしまった。さてどうしようか。ひとりだったら間違いなくそのままバスなどに乗って帰るところだが、仲間が助けてくれて、一緒に歩いてくれるのだから、ぎりぎりのところまで頑張ってみようと思い直す。私は山慣れているがゆえに、抖藪行ではなかなか自分の身体的な限界に達する機会がほとんどない。修行に至るまでの心身の疲れや痛みも加味した上で、どこまでできるか自分の限界を見極めたいという興味を支えに、半ば杖に頼りながら、長い下りに足を踏み出していった。

気を散らしたら歩けなくなるのはわかりきっていたので、とにかく歩みに集中して一歩一歩を繰り出していく。精進口は地図で見て長さは分かったつもりでいたが、いやはや長い。平らになってからがまた長い。緩やかでも傾斜があれば重力で足が進むが、平地は自分で一歩を出さなければならない。一歩を踏み出す意志が問われる道程だった。

そのおかげもあって、満行となる精進湖は確実に近づいてくる。初めての胎内修行。腰の痛みを押して奥まで分け入るのはなかなか大変だったが、限られた仲間だけで狭い空間を共にし、祈りを捧げる時間は特別のものだった。ごくわずかな音がするだけだが、様々な気配を感じる。何も見えないがゆえに、そこには無限を感じることができた。おそらく普段我々が過ごしている世界もそうなのだろう。目に見えるがゆえに隠されているが、果てない世界へ広がるものが淡く広がっているのではないか。それを常に感じることができれば、我々は日々の暮らしに汲々とすることはないのだろう。

もう少しだ。足をかばいながらいよいよ精進湖に到達。しかし、最後の最後まで気を抜いてはならない。無事に最後の勤行を勤め上げ、満行することができた。自分の限界を攻めた上での満行は、とても心に残るものだった。

初日の朝に、田子の浦の富士塚で大先達の法話には大いに背中を押された。曰く、この修行では満行できない人もしばしば出るが、どこで諦めるかといったら、2日目の6合目までの間である。そこまで登ったらみんなその後は行ける。人生も同じ。最初のうちは見通しも良くないし辛いことがたくさん起こるから諦めて絶望したくなる。しかしそこを辛抱すれば、見通しも良くなり、若い頃だったら悩んだり苦しんだことでも、大所高所から眺めて捌いていけるようになる。いろんなことに興味を持って一心に道を進んでいくことで、つまらない悩みにも惑わされなくなる。

生きていくのがとてもしんどかった頃、死にたくなったことが数え切れないほどあった。その中で自分を支えてくれたのは、かのアウシュビッツ収容所を生き延びた精神科医フランクルの言葉だった。曰く、「あなたがどんなに人生に絶望していても、人生があなたに絶望することはない。」「どんな時も、人生には、意味がある。なすべきこと、満たすべき意味が与えられている。 そして、それらはあなたに発見されるのを待っている。」

そんな時期のある時、私は立山でお山に救われ、生きる力を取り戻した。あの日の真っ青な秋晴れの空、古の立山登拝道を下っていったときの心持ちは今でも忘れない。これが私の修験道との出逢いであり、お山に恩返ししたいという気持ちのが生まれた時でもあった。そして今では登山ガイドとして、多くの方々を山にご案内して、お山の偉大さを伝える立場に立っている。そのことに思いを致す時、人生を諦めずに歩んできて本当に良かったと思う。

そして今、また自分で抑制をかけていた限界を少し広げて、その先の世界を知ることができた。この試練に耐えて乗り越えた経験はこの後の人生の大きな糧になると確信できた。この修行記を書いている今、私は北アルプスの縦走登山や沢登りを17日連続で案内してきたところだ。もしかしたら、今回の修行の経験が無かったら、途中で音を上げていたかもしれない。さっそく役に立っているような気がする。

また、ガイドとしても、ひとりの人生としても、限界を知ること、時には泣きたくなっても歯を食いしばって生きる(歩く)とはどういうことかを、ようやくこの歳になってから身を以て感じることができた。最近はあまり流行らないのかもしれないが、若い頃の苦労は買ってでもしろと人は言う。これを知っているか否かは、非常に大事だと感じた。

今回の修行は今までに自分が経験したどの修行よりも、自分にとって充実したものであった。これで自分なりの一端の総括とするが、この経験の本当の意味に気づいていくのはまだまだこれからの話だろう。いつでも魂と心を開いて、その気づきが下りてくるのを待てるようにありたいと思う。

最後に、今回お世話になったみなさま、受け入れてくださった大先達に御礼申し上げます。